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高野山見仏記 Part2
2012 / 12 / 14 ( Fri )
1日目の続きです。

DSCF4888-1.jpg

次に訪れたのは、高野山大師教会
PB230828-1.jpg
高野山参詣優待チケットみたいなのを買って(チケットには「奉納」とありますが)
回っていたので、ここが何をする場所かもわからないまま入っていくと……
「2時の会のお授戒でよろしいですね?」と言われ、
何だかよくわからないけど……何か始まるみたいだから、「あ、はい」と答え、
皆についてお堂に入って行きました。

暫く大講堂で座っていると、皆が奥の授戒堂へ移動していきます。
まだ何が始まるのかわからないままついて行き、真っ暗な授戒堂へ入りました。
やっとそこで「今から、阿闍梨さまより菩薩十善戒(日常の生活の中で実践する仏教的規範)を
お授けいたします。途中で出ることはできません。……」と説明がありました。

菩薩十善戒が何なのかも解らず、真っ暗な中わくわくして待ちました。
外からお経が聞こえてきて、阿闍梨さまが入ってこられました。

「皆さん、『南無大師遍照金剛』と一緒に唱えましょう」と言われ、
「なむだいしへんじょうこんごう、なむだいしへんじょうこんごう……」と
何回唱えたかわからなくなるくらい唱えて、やっとお授戒です。

菩薩十善戒について阿闍梨さまが説明をされました。
不殺生(ふせっしょう)、不偸盗(ふちゅうとう)、不邪淫(ふじゃいん)、
不妄語(ふもうご)、不綺語(ふきご)、不悪口(ふあっく)、
不両舌(ふりょうぜつ)、不慳貪(ふけんどん)、不瞋恚(ふしんに)、不邪見(ふじゃけん)
これらが菩薩十善戒なのだそうです。
詳しく知りたい方は↑をクリックしてみてください。

各グループの代表者(私たちはダンナ)が、直接阿闍梨さまから菩薩十善戒が書かれたお札をいただき終了です。
すべて暗い中で行われるので、阿闍梨さまの顔も見えず、
声だけが聞こえてくるので、仏のお告げを聞いているような感じでした。
予定はしていませんでしたが、思いがけず高野山ならではの体験ができて、得した気分。
これも日頃の行いのおかげでしょうか

続いて訪れたのは、霊宝館

DSCF4893-1.jpg
高野山の大切な文化遺産を保存するための、博物館のようなものです。

私たちの旅の目的、見仏も高野山ではここでするしかないのです。
貴重な仏様は、全部ここにしまってあるのですから。

運慶作の制多伽童子(国宝)や矜羯羅童子(国宝)、快慶作の孔雀明王(重文)などが
見られると思い、ウキウキして入って行きました。

ところが、慶派の仏像で見られたのは、
快慶作の四天王立像(重文)と深沙大将立像(重文)だけでした。

まあ、その5体もかっこよかったからいいのですが……。

でも、もしかしたら私たちの見落とし?と思って、
受付の人に聞いて見たら、
「国宝仏たちは、1,2体ずつ何年かに1度の特別公開の時にしか見られない」とのこと……
「そんな~ちょっともったいぶりすぎじゃな~い」なんて思いましたが、
お授戒で「不慳貪(むさぼらない)」ってさっき習ったばっかりでした


さすがに直前に決めて(3日前)、行きあたりばったりの旅。
何も調べてきてないからこんなことになるのですよね。

でも、行き当たりばったりの旅って上記のお授戒のように、
何が起こるかわからない面白さもありますよね

1日目の最後は、大門
DSCF4894-1.jpg

現在の大門は1705年に再建されたものだそうです。

運長作の金剛力士像が安置されています。
DSCF4902-1.jpg

紅葉と大門↓
DSCF4905-1.jpg

昼ごはんも食べず夢中でまわっていたら、もう4時過ぎ。

寒いな~と思ったら
DSCF4908-1.jpg
5.6度でした。

秋~春のお寺回りは、寒さとの戦いです。
見仏用の靴下も買ったのですが、それでも手足は冷えきっていました。

何か温かいものを飲んだり食べたりしたかったのですが、
大門の付近には飲食店が全然ありません

もう日も暮れるし、泊る宿坊へ行くことにしました。

泊ったのは、遍照尊院という宿坊。

DSCF4911-1.jpg

地味で静かな場所にあるお寺です。

DSCF4912-1.jpg
中門の目の前ですが、高野山の中では、こちら側はとても静かなのです。


部屋はこんな感じで広々。
DSCF4913-1.jpg

縁側からは、庭が見えます。

DSCF4914-1.jpg

トイレは共同ですが、テレビはあるし、
廊下にビールの自販機はあるし、布団も敷いてくれるし、ファンヒーターはあるし…
ふつうの温泉旅館と同じでした。

そしてお待ちかねの精進料理。
DSCF4916-1.jpg
ちょっと少なめ!?と思っていると……

DSCF4917-1.jpg

てんぷらも出てくるし、鍋もけっこうボリュームがあって、おなか一杯

ごま豆腐が特に美味しかった
とても粘り気があって、まるでおもちのよう。
そして、とても濃厚なゴマの味。

こんなヘルシーな食事を1週間も続けられたら、
少しはおなかの脂肪もへるのにな~と思いました。

ご飯の後は、お風呂へ。
温泉ではないそうですが、とてもいいお風呂でした。
水がきれいなのでしょうか?
もしかして天然水?
それてもパワースポットなせい?
とても癒されるいいお風呂に感動しました。

あがってきて部屋に戻ると、ダンナも同じことを言っていました。
やはりあのお風呂にはなにか秘密があるに違いない!

宿坊とはもっと質素で、厳しいイメージ(テレビもなく、寒くて、お酒も飲めないなどなど)だったので、
ほぼ温泉旅館のような遍照尊院の快適さに驚きつつ、徹夜の旅の寝不足解消のため早々と眠りにつきました

こうして、長い1日目が終わりました。

続く~






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01 : 19 : 59 | 見仏 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
高野山見仏記 Part1
2012 / 12 / 04 ( Tue )
11月23~25日の3連休、高野山に修行に行ってきました。
うそです。
見仏です。

22日、仕事が終わってから急いで家に帰り、
ご飯とお風呂をすませ、深夜0時に車で出発

途中で少し仮眠をとりながら、
ほぼ徹夜でダンナが運転して(私も2時間ほど運転)、
11時半に高野山に到着。

PB230775-1.jpg

修復中の中門の前の駐車場に車を置いて、まずは根本大塔へ。
DSCF4815-1.jpg
弘法大師の時代からあった建物ですが、落雷による火災で焼失と再建を繰り返したそうです。
現在のものはえらく新しく見えますが、昭和12年に建てられたもの。
色を定期的に塗り替えているのでしょうね。

内陣には本尊の胎蔵界曼荼羅大日如来、その周囲に金剛界曼荼羅四仏(阿閦、宝生、阿弥陀、釈迦)が
祀られています。
さすが密教の総本山。寒さのせいもあって、身が引き締まる思いがしました。

御影堂
PB230781-1.jpg
弘法大師の持仏堂(1847年建立)。


金堂
DSCF4845-1.jpg
無理やり紅葉を入れて撮影してみました。
紅葉は、ほとんど終わっていましたが、こんな風に少しだけ残っている木もありました。

当初の建物は、819年、高野山開創時に建立されたものですが、
焼失、再建を繰り返し、現在の建物は1932年(昭和7年)に6度目の再建のものだそうです。
昭和元年の焼失で、絶対秘仏であった本尊も焼けてしまったため、
もともとの本尊がどのような姿であったかは、不明。

現在は、高村光雲作の薬師如来(阿閦如来)が祀られたのですが、
秘仏のため未公開でした。
脇侍の、普賢延命菩薩坐像、不動明王像坐像、降三世明王立像が復元されておりそれは見られました。

准胝堂(じゅんていどう)の准胝観音
DSCF4820-1.jpg

孔雀堂の孔雀明王
DSCF4824-1.jpg
元の本尊の孔雀明王像は快慶作です。
重要文化財に指定されたので、現在は霊宝館に収められています。

六角経堂
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鳥羽法皇の皇后であった美福門院が、鳥羽法皇の菩提を弔うため、建立された経蔵だそうです。
美福門院、大河ドラマでは松雪泰子さんが演じていた人ですね。

三鈷の松(さんこのまつ)
PB230811-1.jpg
「弘法大師が唐より帰国される折、明州の浜より真言密教をひろめるにふさわしい場所を求めるため、日本へ向けて三鈷杵(さんこしょう)と呼ばれる法具を投げたところ、たちまち紫雲(しうん)たなびき、雲に乗って日本へ向けて飛んで行きました。後にお大師さまが高野近辺に訪れたところ、狩人から夜な夜な光を放つ松があるとのこと。早速その松へ行ってみると、そこには唐より投げた三鈷杵が引っかかっており、お大師さまはこの地こそ密教をひろめるにふさわしい土地であると決心されたそうです。その松は三鈷杵と同じく三葉の松であり、「三鈷の松」としてまつられるようになりました。」高野山真言宗 総本山金剛峯寺HPより

西塔
DSCF4842-1.jpg
西塔には、金剛界大日如来と胎蔵界四仏がいらっしゃいますが、
暗くて拝顔できませんでした。

各お堂を廻っていると、どこからか読経が聞こえてきました。
声のほうに急いでいってみると……
僧侶が各お堂の前で、読経をして回っていました。
DSCF4857-1.jpg
ストーカーのようについて回って、写真を撮らせていただきました。

CAM00675-1.jpg
移動は早足なので、ついて行くのも一苦労です

「オン アビラウンケン バサラ ダトバン」(大日如来の御本尊御真言)
PB230816-1.jpg


東塔
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大治2年(1127年)、白河院の御願によって創建され、
天保14年(1843年)に焼失しました。
その後140年の間再建されず、昭和59年(1984年)にようやく再建されたのが現在の東塔。

東塔の本尊・尊勝仏頂尊(そんしょうぶっちょうそん)、脇侍の不動明王、降三世明王。
PB230824-1.jpg

国宝不動堂
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「建久8年(1197年)、鳥羽上皇の皇女である八條女院(はちじょうにょいん)内親王というお方が発願され、行勝(ぎょうしょう)上人によって建立されました。もともと一心院谷(現在の金輪塔<きんりんとう>所在地付近)に建てられていましたが、後世になって伽藍へ移築されました。
現在の建物は14世紀前半に再建されたものです。お堂の四隅はすべて形が違い、四人の工匠(こうしょう)がそれぞれの随意に造ったためと伝えられています。当初は阿弥陀堂であったと推定されていますが、後に不動明王を本尊とし、八大童子(はちだいどうじ)が奉安されました。この八大童子は運慶の作として有名で、現在は霊宝館に収められています。」高野山真言宗 総本山金剛峯寺HPより

高野山最古の建造物らしいです。
苔むした屋根が渋いですね~。


こうやくん
DSCF4867-1.jpg
これが私たちが最初に出会ったこうやくんですが、
彼は今高野山いったいで売り出し中らしく、いたる所にいました。
グッズもいろいろ販売されていました。
ゆるきゃらかな~?
そうでもないか。
いろんなところで何度も見ているうちに、かわいくなってくるから不思議

長くなってしまったので、ひとまずここまで。

まだ昼ちょっと過ぎなので、1日目がまだまだ続きます。

00 : 59 : 32 | 見仏 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
奈良 見仏記6
2010 / 01 / 06 ( Wed )
ずいぶん間があいてしまいましたが、奈良見仏記の続きです。

これの続きです63 見仏

2009年11月2日

前日は大雨が降っていましたが、
雨はすっかり上がり、青空。

でも風が冷たくて、とても寒い朝でした35

秋というより、冬という天気です。

JR奈良駅の前のコンフォートホテルを出て、バスで興福寺216282

まずは奈良八景とされている
猿沢池に映る五重塔を写真におさめてからと思って、遠回りをして猿沢池のほとりを歩くことに。

しかし……

猿沢の池
ガ~~~ンilli _ ̄● illi

なんと五重塔へと続く「五十二段」という階段(仏門に入る修行の段階が五十二段なので)が
工事中で、そこに大きなクレーンが……182

階段も上がれず、奈良神八景も台無しだわ~180195

しかたがないので別のスロープから上がって五重塔を撮影。

2009_1102奈良の0344



平日だというのにものすごい人、人、人。

そりゃそうですよね。
特別公開『お堂でみる阿修羅』をやっていたのです。

私たちもそれを見るために奈良へいったのだし。

まずは特別公開のチケットを買って、阿修羅さんに会わねば203

1時間ほど並んで、やっと仮金堂に入れました202

通常は国宝館に展示される、
阿修羅像をはじめとする八部衆・十大弟子像が約100年ぶりに
お堂に安置されていました。

阿修羅八部衆のうち阿修羅立像(国宝・奈良時代)
阿修羅顔もちろん撮影禁止なので仏像写真はすべてネットからお借りしましたm(__)m
かるら八部衆のうち迦桜羅(かるら)立像(国宝・奈良時代
さから八部衆のうち沙羯羅(さから)立像(国宝・奈良時代)

迦桜羅は鳥の顔をしているので、すぐに他のと見分けがつきます。

沙羯羅はグリム童話にでてきそうなかわいい顔178と、帽子のような蛇が特徴的です。


東京国立博物館に出張されていたときにお会いした阿修羅さんたちですが、
やっぱりお堂でお会いするのは格別です266

空気感がぜんぜん違います。

あ~これが終わるとガラスケースの中に入っちゃうのねー241って悲しくなりましたが、
2度も生で阿修羅さんに会えるなんて、ラッキーなのでしょうね。

一方通行であまり長い時間見てられないのが残念でしたが、
それでも最大限粘って穴が開くほど見つめてきました84


そしてもう1つの特別公開、
建物自体も国宝となっている北円堂30の列に並びます。

2009_1102奈良の0356


こちらには、運慶一門作30本尊弥勒如来坐像(国宝・鎌倉時)、
四天王像(国宝・平安時代)をはじめ

弥勒如来


運慶の代表作とされている
無著(むちゃく)・世親(せしん)菩薩立像(国宝・鎌倉時代)も安置されています。

無著世親


国宝オンパレードなんですよー363

特に無著・世親は最高363363

インドの僧侶兄弟の像なので、普通の人間に近いこともあり、
まるで生きているみたい。

今にも動き出しそうな表情です。

目は玉眼がつかわれているので、光をおびて遠くを見つめています。

さすが運慶様466

このときから、ダンナの尊敬する人物は、「運慶」となりました349



次は30南円堂不空羂索観音菩薩(ふくうけんさくかんのんぼさつ)に
お会いしようと思っていたのですが……
2009_1102奈良の0372


10月17日だけしか開扉されないためお会いできませんでした259


30中金堂(復元再建中・奥に見えているのは南円堂)

2009_1102奈良の0349


平成27年にこれが完成すると、
仮金堂の本尊釈迦如来像、薬王・薬上菩薩像、四天王像が移されるそうです。



次は、30東金堂(国宝・室町時代)です。

2009_1102奈良の0379



本尊は薬師如来坐像(重文・室町時代)、
脇持はお決まりの日光・月光菩薩立像(重文・白鳳時代ですが、
ここの見どころは、若いお相撲さんみたいな30文殊菩薩(もんじゅぼさつ)坐像(国宝・鎌倉時代)と
文殊菩薩 


30十二神将(じゅうにしんしょう)立像(国宝・鎌倉時代)かな
十二神将2
十二神将1


四天王(国宝・平安時代)も安置されていますが、
私は十二神将がよかったわ~349

クリアファイル買ってしまった278



あ~おなかいっぱい277と思ったら、まだ国宝館があるではありませんか199


本来阿修羅さんたちがおいでになるところですが、
不在なので寂しいかも……と思ったのですが、入ってみました。


寂しくなんかありませんよ197

中央に5mもある30千手観音菩薩立像(国宝・鎌倉時代)はいらっしゃるし、
千手観音


筋肉美が美しい42030金剛力士像立像(国宝・鎌倉時代)もいるし、

金剛力士像


かわいくてユーモラスな表情の71竜燈鬼(りゅうとうき)・43天燈鬼(てんとうき)(国宝・鎌倉時代)もいます。

龍燈鬼


そりゃ~国宝館189ですからね179

さすが興福寺さん、キャラクターが立つ仏像いっぱい所蔵されてます。
クリアファイル3枚も買っちゃったわよー235

クリアファイル



見仏はおなか一杯になりましたが、
もう2時近くになって、本当のおなかはペコペコ227なので、
国宝の30三重塔を見て、興福寺をあとにしました282

2009_1102奈良の0389
興福寺


お昼は三条通りの、興福寺のすぐ近くのお好み焼きやさん「かめや」で。

ランチセットを頼んだら、30こんなに大量451

2009_1102奈良の0394


食べきれないので、おにぎりはテイクアウトしました。
だって残したらもったいないし、途中でおなかがすくかもしれないからねー 236


次は円成寺に向かうのですが、長くなったので今回はここでおしまいにします。

あと1回奈良にお付き合いくださいね236


興福寺見仏を楽しんでいただけたら
391ぽちっとしてもらえるとうれしいです466
 

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18 : 17 : 54 | 見仏 | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
奈良 見仏記5 【法輪寺】
2009 / 12 / 01 ( Tue )

奈良見仏記2日目の続きです。
急がないと今年中に終わらないわ~229


前回までをご覧になりたい方はこちら63 ここをぽち


法隆寺を後にした私たちは、
予定にはなかったのですが、歩いていけそうな法輪寺に行ってみることにしました。

法隆寺を一歩出るとそこは、普通の田舎の田園風景。

道は舗装され、家の造りは現代風ですが、
田んぼがあったり、池に白鷺がいたり……
飛鳥時代の斑鳩の里はこんな景色だったんだろうな~228という感じがしました。

雨の中1キロほど歩くと、こんもりとした林の手前に法輪寺が見えてきました。
法輪寺

またここでも、秋季特別展をやっていました。

『聖徳太子絵伝と寺宝展』です。

法輪寺2

法輪寺は、聖徳太子の御子山背大兄王が、太子の病気平癒を願って
飛鳥時代に建立したお寺です。


30かつては国宝に指定されていた、三重塔



法輪寺3 
昭和19年の落雷16で焼失してしまい、
国宝指定がはずれたため、自費での再建となってしまいました。
それゆえ大変苦労をして、やっと昭和50年に再建されたものだそうです。


講堂には、法輪寺の本尊薬師如来坐像(飛鳥時代・重文・一木造り)をはじめとする、
6体の重文の仏像が ステージのような台に横一列に並べられています。

法輪寺 薬師如来坐像 
(画像はhttp://blog.goo.ne.jp/sendatakayuki0123456789/e/97dcd797e5d45d7d3dc35b01b9995025からお借りしています)

2m~4m級の大きく、飛鳥時代と平安時代のものばかり。
壮観です460

雨の中来てよかった454

ガラスも網もなく、後にまわって拝観することもできました。

飛鳥時代のものは、法隆寺の仏像に似ています。
上の本尊は、法隆寺の釈迦如来にそっくりです236

飛鳥時代の仏像の流行の顔なんですね。



講堂のあとは、特別展の行われている庫裏と呼ばれるお部屋へ。


聖徳太子の伝記を屏風に描いた『聖徳太子絵伝屏風』(室町時代)がメインで展示されていました。

それによると、聖徳太子の母妃は、救世観音が胎内に入り太子が授かる夢を見て、
馬小屋で太子を産んだとされています。
だから本名は厩戸皇子(うまやどのおうじ)というらしいのです。

キリストと同じですね451

この偶然(?)の一致は、学者の中でもいろんな説に分かれるところのようです。


全部解説が書かれていましたが、12畳ぐらいの普通のお部屋での展示で、
けっこう込み合っていたので、じっくり読むことはできず、ポイントだけ眺めてきました282


他には、聖徳太子の2歳、16歳、摂政時代の像や山背大兄王子像などがありました。

法輪寺 コラージュ1 

雨のせいか、たくさん歩いたせいか、とても疲れてしまったので、
講堂の軒下で雨宿りがてら一休みさせてもらい、ホテルに向かうことにしました。

バス停に行ってみると、これ30見てください 2
法輪寺 バス
バスは1日2本だけ447。しかも雨はひどくなっています474

が~んへこみ

仕方がないので、法隆寺まで引き返してバスに乗ろうとしますが……

バス停目前で、私たちの前をバスが通過216282 jumee☆Wait for Me1 jumee☆Wait for Me1 
 

次のバスまで20分以上あるではないですか240

寒い中待つのもいやだし、
結局トータル3キロほど歩いて駅まで行くことになりました。

寒いし、傘は雨漏りしてくるし、靴はびしょびしょで、もう泣きそうです241


法隆寺駅のコインロッカーにキャスターバッグを預けてあったので、
それを引き取り奈良駅へ。

2日目のホテルはJR奈良駅から近かったのですが、
土砂降りなので、駅のコンビニでゴミ袋を買ってかぶせて引っ張りました

なんかとっても惨めな気分アップロードファイル

奈良町の夜を楽しもうと思っていたのに……195195

ブロ友さんからおいしいお店も教えてもらっていたのに……195195195

テンションがすっかり下がってしまいましたがっくり

なので、ホテルのHPで紹介されていた、近くの居酒屋で飲むことにしました。

『やまと庵 』です。

やまと庵3 

HPでチェックしていったのですが、
ここがなかなか良いお店でした。

当たり~339

やまと庵 

          HPでチェックして 30このチーズ豆腐が決め手だったんです(チーズ豆腐好き夫婦なので235
やまと庵2
どれもボリュームがあって美味しかったです。

料理は60代の女性が一人で作っていると、スタッフが言っていました。

スタッフもとても感じよくて、さっきまでの疲れが取れました278

やはりおいしいお酒と料理は、心が癒されますね345



法輪寺楽しんでいただけたら 
391ぽちっ       391ぽちっ としてもらえるとうれしいです。
  



次は、この奈良見仏のきっかけになった、興福寺へ続きます463

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17 : 07 : 58 | 見仏 | トラックバック(0) | コメント(9) | page top↑
奈良見仏記 5 【中宮寺&法隆寺 後編】
2009 / 11 / 21 ( Sat )
11月1日の見仏法隆寺の続きです。

団体客を避けて夢殿に先に来てしまったので、
中宮寺を先に拝観します。

中宮寺

以下Wikipediaより
「中宮寺(ちゅうぐうじ)は、奈良県生駒郡斑鳩町の法隆寺に隣接する、聖徳太子ゆかりの寺院である。
宗派は聖徳宗に属す。
山号を法興山と称し、本尊は如意輪観音、開基(創立者)は聖徳太子または間人皇后とされている。
……平安時代の『聖徳太子伝暦』は、中宮寺は聖徳太子が母・穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ、間人皇后)の宮殿を寺としたと伝え、後には間人皇后自身が発願者であるという伝承も生まれる。
鎌倉時代の顕真が著した『聖徳太子伝私記』の裏書には、「葦垣宮、岡本宮、鵤宮(いかるがのみや)の3つの宮の中にあった宮なので中宮といい、それを寺にした時に中宮寺と号した」との説が記載されている」


中宮寺といえば木造半跏思惟像(国宝・飛鳥時代)です。
アルカイックスマイルで有名ですよね。
中宮寺 半跏思惟像
(写真はhttp://www.lcv.ne.jp/~kohnoshg/site53/history4.htmからお借りしてます)


お寺では伝如意輪観音ですが、
本来は弥勒菩薩として造られたものではないかといわれています。

黒くつやつやなので、一瞬銅像なのかと思いますが、
近くで拝見したら、木のぬくもりが感じられ、
やさしい微笑み228でこちらまで優しくなれそうな仏様でした419

柵はありますが、けっこう近くまでよって拝観できますし、
説明のテープが流されている、畳のお部屋でお参りする形式なので、
心がやすらぐお寺417でした。


中宮寺 コラージュ1

お庭の木や花の形の瓦など、尼寺らしい気品が漂っていました。



ここで、早めのお昼ご飯にしました。

法隆寺の南大門の前に戻って、目の前のレストランに入りました。

法隆寺 昼ごはん
窓からは、法隆寺が見えています。

太子うどんと柿の葉寿司のセットを食べました。
なんでこれが太子うどんなのかは不明 3

そして、食後は柿ソフト 425
法隆寺 柿ソフト

だって法隆寺といえば、
柿食えば、鐘が鳴るなり法隆寺」ですもの278

柿にちなんだものがお土産屋にもあるのです。

五重塔をバックにソフトクリームの写真を撮ろうとした矢先、
雨が降り出しましたー260


さっきまで青空だったのにぃ~~~258

天気予報はばっちり当たりました。

ここからは傘481をさしての拝観です。


30三経院(国宝・鎌倉時代)
法隆寺 三経院
聖徳太子が勝鬘経・維摩経・法華経の三つの経典を
注釈されたことにちなんでつけられたそうです。

長~~い建物です。
中には入れません。


三経院の前を通り過ぎると、30西円堂(国宝・鎌倉時代)が高い所に見えてきます。

法隆寺 西円堂

八角形の円堂です。
ここは団体客が来ない場所なので、とても静かです228

法隆寺 西円堂2
雨宿りがてら、景色を眺めて佇む男性(右端に写っています184)もいました。


あの男性の位置からは、こんな30景色が見えるんですよ。
法隆寺 西円堂からの眺め


西円堂の本尊は薬師如来像(国宝・天平時代・脱活乾漆像)
西円堂 薬師如来
(写真はhttp://blog.goo.ne.jp/gfi58/e/4516de8456e88f3ca43d4fda178f8027からお借りしています)

丘の上のお堂にいらっしゃるので、別名峯の薬師とも呼ばれています。

脱活乾漆像はとてもお金233がかかる製作方法です。

そんなお金がかかるものが造られたのは、
この薬師如来が光明皇后の母君である橘夫人(たちばなぶにん)の発願であるからだそうです。

二重の光背も特徴的ですねー69

顔はふっくらとしていますが、少々厳しい表情です。

この薬師様は、特に耳の病気にご利益があるそうです。
聖徳太子が何人ものいうことを聞き分ける能力があったという伝説から
生まれた民間信仰のようですよー。


私たちが薬師様を見ていると、知らないおじさんがやってきて、
「あの薬師さんの前に置いてある鏡は戦国時代に夫の無事を祈って
女性が奉納したものなんだよー」とか、
「あの、正岡子規の俳句で有名な鐘は、ここにある鐘だよ。
江戸時代に徳川○○(←忘れちゃった235)の母が
奉納したものだから、屋根にその人の家紋が入った瓦が使われているんだよ」
などどいろいろ説明をしてくれました。

何度も訪れてはみんなに説明している方なんでしょうね。

そのです。
法隆寺 西円堂の鐘
そして瓦には確かに他とは違う家紋が入っていました。

時の鐘」なのですが、私たちが法隆寺にいる間は1度も鳴らなかった気が……229
見仏に気を取られて聞こえなかっただけ?



どんどん雨がひどくなってきましたが、まだまだ法隆寺は見るところがあります。


30聖霊院(しょうりょういん)
法隆寺 聖霊院 

30聖徳太子像(国宝・平安時代・木造)を祀るために建てられたものです。
聖徳太子像
(写真はhttp://www.dokodemo-bessou.com/h_20y/20-1-1.htmからお借りしました)

3月22日(聖徳太子の命日2月22日を旧暦に合わせて)にお会式が行われるそうです。

その時しか開扉されないので、写真だけが展示されていました。



そして法隆寺最後は、国宝・重文どっさりの宝蔵院へ。

何といってもここのメインは
30百済観音(国宝・飛鳥時代・木造)

百済観音
(写真はhttp://www.geocities.jp/qsshc/cpaint/nihon3.htmlからお借りしました)

美しい~266
私は百済観音に惚れました349266266

法隆寺の仏様で一番好き414です。


写真で見ていたときは、それほどでもなかったのですが、
実物をみるとその大きさ(209.4m)に圧倒され、
しなやかに伸びた姿態の美しさに魅せられました178

写真と実物のギャップがこれほどまでに大きいとは。


厳重にガラスケースに入れられていますが、
ちゃんと照明も当てられ、横からも見られます。

本来は観音菩薩立像ですが、
他の飛鳥仏とは様式が異なるので、百済から伝来したといわれてこの名前がつけられました。

光背を支える棒は、竹のように見えますが、
これも彫刻なんですって。

団体のガイドさんが大声で説明しているのが聞こえてきました236



宝蔵院には、他にも玉虫厨子、阿弥陀三尊像(伝橘夫人念持仏)、
観音菩薩立像(夢違観音)、
観音菩薩立像(九面観音
などの国宝267があります。

それも単体で見たらすごいのでしょうが、
百済観音に魅了された私には色あせてみえてしまったのでした235


法隆寺から帰ってきて3週間ですが、
すでにまた百済観音にお会いしたくなっている私です343



今回の法隆寺はこれでおしまいです463

次回、法輪寺に続きます。



またまた長い日記に お付き合いありがとうございました466

法隆寺を楽しんでいただけたら
391ぽちっ       391ぽちっ としてもらえるとうれしいです。
  

テーマ:寺巡り - ジャンル:旅行

18 : 15 : 32 | 見仏 | トラックバック(0) | コメント(11) | page top↑
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