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運命の出会い
2010 / 05 / 18 ( Tue )
先週末、いっしーの新しいお店「おだしや」に行ってきました。

そこで運命の出会い?がありました。

オーダーストップの時間になり、そろそろ帰ろうかと思っていたとき、
私たちの後ろで飲んでいた二人連れが、いっしーと話しているのが
耳に入ってきました。

「やっと来れた」「ブログが見られなかった」…「検索して…たどりついた」
「知らない人にコメントして教えてもらった」…「誰なんでしょう?」……
というような会話が切れ切れにが聞こえてきました。

それってもしかして私(゜_゜)??

なんて思っていたら、いっしーが
「○○さん(私たちの本名)、誰なんでしょうね~?
僕のブログ教えてくれた人がいるんですって」と私たちに話しかけてきました。

「それって私かも!」

状況を説明したらまさに私のことでした。

彼女は、いっしーが前の店を辞める少し前にその店に行って、
いっしーの味のファンになり、ブログのアドレスを書いてもらったみたいなのですが、
どうしても見られなくて、キーワードで検索したら、私のブログに行きあたったとか。

そして、私にメールでいっしーのブログのアドレスを問い合わせてきた人だったんです。

私は返事を書くときに、
「新しいお店でばったり会えたらいいですね(^O^)」なんて書いておきました。

それから約半年、彼女は初めて新しいお店「おだしや」にやってきたそうです。

そこに、1か月か2カ月に1度しか行かない私たちがいて、
前後で飲んでいたというわけなんです。

すごい偶然に、私もびっくり!

いっしーの味が結んだ縁です。

「次にまた会ったら、一緒に飲みましょうね~」と言って、お別れしました

運命の出会いって感じですよね。


本当にまたすぐに、おだしやで再会できそうな気がします

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テーマ:小さなしあわせ - ジャンル:日記

02 : 39 : 15 | 外食 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
GWの石川旅行 1日目
2010 / 05 / 09 ( Sun )
また長いことご無沙汰しました。

GWは、石川県へ行ってきました。

何の予定も立てないまま1週間前に、お弁当を食べながら金沢出身の同僚と雑談しているときに
「宿がなかったらおばあちゃんちに泊ってもらっていいですよ」って言ってもらい、
お言葉に甘えてお邪魔してきました。

行きも帰りも渋滞にはぜんぜんはまらず、快適な旅でした。

その様子を紹介します。

4/30日に仕事を終えて帰宅し、夕飯とお風呂を済ませて、
一睡もせずに1時半ごろ金沢に向かって出発

関越自動車道から北陸自動車道に入り、順調に福井県まで到達しました。
(運転は全部ダンナがしてくれて、私はほとんど爆睡してましたけど

朝ごはんは、小矢部川SAで、鱒寿司をいただきました。

1鱒寿司

ほどよい塩味でしょうゆをつけなくても十分おいしい。

まずは北陸のおいしいもの1つクリア

11時ごろ金沢に到着。

車を駐車場に入れて、初日は金沢観光です。

先ずは、金沢と言えば…の兼六園へ。

2兼六園

天気にも恵まれ、気持のよいお庭散歩ができました。

去年の平泉の新緑もきれいでしたが、
今年もまた新緑が眩しくて、やっと私の好きな初夏がきたー!て実感しました。

兼六園菊桜

3菊桜

花弁の数が300枚を超えるそうです。


続いてお隣の石川城公園へ。

1788年に建てられた、石川門(重文)をくぐります。

4石川門

内部は見学可でした。

河北門の中を見学して、次は有料ゾーンの菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓菱櫓の中へ。

五十間長屋の内部

5五十間長屋

金沢城は1583年に前田利家が大修築を行って以来、
何度も火災に遭っており、1631年火災以降は本丸の機能が次第に二の丸へと移されていきます。
そして1759年の火災を機に、天守本丸を再建するのをあきらめて二の丸中心の城へと変化したそうです。

徐々に二の丸中心の城になっていく過程で、
菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓が整備されていきます。

それらもまた火事1度は焼失するのですが、1809年に再建され、
1881年(明治14年)まで存続しました。

それがまたまた火災で焼失

今回見学したのは、1809年に再建された形で、2001年に復元されたものです。

天守閣跡から眺めた五十間長屋
6五十間長屋2

菱櫓と橋爪門続櫓を結ぶ二層の多門櫓。
普段は倉庫として使われていましたが、非常時は戦のためのになったそうです。

石落としが各所に設けられていました。


その後、重文の三十間長屋(↓の上右端)、石川門(↓の下右端)の中にも入ってみました。
7金沢城

広い石川城公園を堪能した頃には、2時過ぎ。
おなかぺこぺこです

金沢で絶対食べたかった冶部煮を求めて街へ。

行きたかったお店は、夜だけの営業だったので諦めて、
兼六園近くのお店で冶部煮丼を食べました。

8 冶部煮丼

あんかけ好きな私たちには、たまらないトロリ具合。

金沢の料理は、京都に似て上品できれいですね

これで2つ目のおいしいものクリア

遅めの昼食後は、車で犀川の近くの西茶屋街&寺町地区へ。

西茶屋街
9 西茶屋街

1820年に設立された、金沢芸奴の伝統を今に伝える街並みです。

西茶屋資料館で、大正時代のベストセラー作家島田清次郎の展示を見たり、
茶屋の一部を見学してきました。

そして、いい仏はないだろうかと寺町寺院群へ行ってみまhした。

しかし、もう夕方で、お寺の本堂は閉められてしまって、
仏像は1つも拝めませんでした。

松尾芭蕉ゆかりの成学寺
10-2 成学寺

別名忍者寺妙立寺
10 妙立寺

忍者がいたわけではなく、建物が忍者屋敷のように複雑ところから別名忍者寺と
呼ばれるようになったようです。

以下は『金沢散歩道』という観光情報サイトからの引用です。

「加賀三代藩主、前田利常公が寛永20年に金沢城近くから移築建立した日蓮宗の寺です。外観は2階建てですが、内部は四階建て七層にもなっています。金沢城への逃げ道といわれる大井戸など、出城としての要素を数多く秘めている。
ここは普通のお寺として建立したのではなく、幕府からの公儀隠秘や外敵の目をあざむくために装備されたもので、堂内のあちこちは仕掛けも散在し、迷路のようになっています。忍者寺といわれる由縁となっています。他に類のない建物です。」

中には入らなかったので、この様子は見ることはできなかったのですが、
お寺とは思えない珍しい外観の建物がありました。

もしまた行く機会があったら、今度は内部を拝観してみたいお寺でした。



初日の観光はここで終了。

帰省中の同僚と合流して、実家の向かいにある彼女のおばあちゃんちに伺いしました。

おばあちゃんは高齢のため特別貝簿施設に入居中のため、
同僚夫婦と私たちの宿として使わせていただきました。


夕飯は紹介してもらったお店へ。

炭火焼の「魚焼いたる

11 いたる

睡眠不足でくたくただったので、少なめにオーダー。

12 いたる2

つぶ貝はお通しです。

げんげ」は日本海と南オホーツク海の深海に生息する深海魚だそうです。

げんげの一夜干しですが、味はししゃもにそっくり。

白エビとげんげで北陸のおいしいもの第3弾クリアです


これで1日目は終了。
続きは後日(すぐ書けるといいな~)

テーマ:国内旅行 - ジャンル:旅行

14 : 05 : 42 | 旅の思い出 | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
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