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奈良見仏記 4 【法隆寺 前編】
2009 / 11 / 17 ( Tue )

2日目(11月1日)は法隆寺からスタートです。
(前回を読みたい方は、左のカテゴリーから見仏をお選びくださいm(__)m)

天気予報では雨でしたが、朝起きたら快晴1
「本当に雨降るのかな~?」なんて思いながらも傘を持って出かけました。

JRの法隆寺駅からバス29で10分ほどで到着。

南大門(国宝)
法隆寺 南大門

南大門をくぐると……
見えてきました197
修学旅行で来たことがあるはずなのに、記憶に全くない227五重塔中門

法隆寺 中門2

今回はちゃんと目に焼き付けて帰ります236

法隆寺 MIHI 
ボクもいっしょにね239


中門は国宝建造物です。

そして両側には、金剛力士像(重文・奈良時代・塑像)が祀られています。

法隆寺 中門3

金剛力士像は、もとは塑像ですが、補修の際体の一部が木造にされたそうです。
そのお陰で風雨にさらされても壊れずに残っているのでしょう。

顔には色が少し残っていますが、それはたぶん補修のときのものなのでしょうね~。


法隆寺MIHI2 
後ろからにらまれて、ちょっとこわいです229

な~んて、朝早く割とすいていたので、29こんな記念写真も撮ってみました。
めいさんのお友達のまねっこです278

この後はどんどん修学旅行や団体のバスが到着し、
すごい人になるのですが……183


拝観料を払って門の中へ。
中門は現在はくぐれず、脇の拝観口からです。


中門の裏がわに回ると、教科書に出ていた30エンタシスの柱が。
法隆寺 エンタシス


五重塔金堂(両方とも国宝)です。
法隆寺 五重塔と金堂
空がきれいですねー420

1300年も前に聖徳太子もこの景色を見ていたのかと思うと感慨深いものがあります。

トイデジで撮るとこうなります30
法隆寺 トイデジ
題して「喜びの踊り441
世界遺産ではしゃいでみました235



見仏は五重塔から
法隆寺 五重塔

餓鬼が屋根を支えているんですよ201

法隆寺 五重塔2
重そうで罰ゲームのようですねー236

五重塔の1層めの東西南北の各面には、
仏教世界が塑像で表現された塔本四面具(国宝・天平時代)があります。

とくに北面の「釈迦の涅槃」は有名です30

法隆寺 涅槃浄土
(写真はhttp://avantdoublier.blogspot.com/2008/03/blog-post_18.htmlからお借りしました)

お釈迦様の足元に阿修羅がいるのがわかりますか?

この阿修羅像は日本最古のもので、
有名な興福寺の阿修羅像266はこれを手本に作られたといわれているそうです。

東面には、文殊菩薩と維摩居士の問答の場面、
南面には、弥勒の浄土、西面には分舎利(釈迦の遺骨を分配する)のシーンが
安置されています。

でも細かい金網越しで、照明もないので
細かい部分は見えませんでした241

阿修羅だけは一生懸命見てきましたけど……201


次は金堂内の見仏です。
法隆寺 金堂

金堂の屋根を支える柱には、龍が巻きついています。

法隆寺金堂2 

29これは下り龍ですが、昇り龍もあります。
この龍は江戸時代の補修時につけられたといわれています。


金堂で有名な仏といえば、釈迦三尊像(国宝・飛鳥時代・銅像)

法隆寺 釈迦三尊像
(写真はhttp://www.bell.jp/pancho/k_diary-2/2008_07_10.htmよりお借りしています)

普通、釈迦如来像の脇侍は文殊菩薩と普賢菩薩ですが、
この三尊の脇持は薬王菩薩・薬上菩薩です。


以下Wikipediaより 
623年、止利仏師作の光背銘を有する像で、日本仏教彫刻史の初頭を飾る名作である。
図式的な衣文の処理、杏仁形(アーモンド形)の眼、アルカイックスマイル(古式の微笑)、
太い耳朶(耳たぶ)、首に三道(3つのくびれ)を刻まない点など、
後世の日本の仏像と異なった様式を示し、大陸風が顕著である。



やはり飛鳥仏は独特ですねー。
顔が面長でほっそりしています。


お隣には、薬師如来像(国宝・白鳳時代・銅像)がいらしゃいました。
法隆寺 薬師如来
(写真はhttp://www.mypress.jp/v2_writers/uduki67/story/?story_id=1506156からお借りしました)

上の釈迦如来像よりも少し丸みがあって優しいお顔をされています。

光背裏の銘に聖徳太子が父用明天皇のために造ったとあるようですが、
実際には本尊よりも時代が進んでいるので、再建のころのものだといわれています。


そして反対側のお隣には、現在フランスのギメ美術館蔵となっている
阿弥陀三尊像(重文・鎌倉時代)の模造が置かれていました。

慶派の仏師作だったから本物が見たかったな~237



そして四隅には、四天王立像(国宝・飛鳥時代・木造)が安置されていました。

法隆寺 四天王
(写真はhttp://www.pauch.com/kss/g012.htmlからお借りしました)

後の時代の四天王に比べて動きがなく、
直立不動で立つ姿が、かわいらしく見えました178

東大寺戒壇堂の四天王とえらい違いですねー179



金堂だけでもおなかいっぱいな感じですが、
法隆寺にはまだまだみどころいっぱいです。


次に向かったのは、大講堂(修復中で覆いがかぶされていました)
金堂の後ろに写っている白い巨大なビニールハウスのようなものが大講堂です。

大講堂の本尊は、薬師如来像(国宝・平安時代・一木造り)
法隆寺 薬師三尊
(写真はhttp://tencoo.fc2web.com/jinja/xhoryuji.htmからお借りしました)

丈六という高さ約2.5mという大きいサイズの仏像です。
脇侍の日光・月光菩薩とともに1本の木から彫り出されています。

肉づきがよくて、平安の仏像らしいきらびやかな感じが顕著です。

赤い柱のせいか、仏像に金が残っているせいか、
極楽とはこんなところかな~228って思わせる雰囲気が漂っていました。



そして、事前の調べでは期間がずれていると思って諦めていた
上御堂(かみのみどう)が特別開扉されていました。

11月上旬のみの開扉です。法隆寺 上御堂

ここの御本尊は、釈迦如来坐像(国宝・平安時代・一木造)です。
法隆寺 釈迦如来
(写真はhttp://blog.goo.ne.jp/gfi407/e/cd2ca0b991d8b09f657cbed3eeada002からお借りしました)

脇侍は文殊菩薩普賢菩薩です。 

こちらも丈六の一木造り。

なぜか顔の金箔だけが剥がれおちていて、
お顔がとても黒く感じます。

昔はみんなが触ってお参りしていたのかしら?

法隆寺 コラージュ2

上御堂から降りてくると、境内は修学旅行生でいっぱい84
しかも小学生です。

まるで鶏小屋が火事になったような騒ぎ238
自分たちもきっとあんな風だったんですけどね~235

でも一緒に回るのはいやー240

ということで、彼らが金堂や大講堂にいる隙に
今回の法隆寺のメインイベント
夢殿本尊秋季特別開扉へ向かうことにしました203

夢殿(国宝・天平時代)
法隆寺 夢殿

あ~ドキドキ345 やっとお会いできます救世観音

みんなが覗き込んでいる窓が、救世観音がいらっしゃることろです。
法隆寺 夢殿2 

30救世観音(くせかんのん)立像(国宝・飛鳥時代・木造)

法隆寺 救世観音
(写真はhttp://www.geocities.jp/qsshc/cpaint/nihon3.htmlからお借りしました)

絶対秘仏だった本尊をフェノロサ岡倉天心
研究のために開帳させて発見したといわれる仏像です。

聖徳太子が在世中に等身に刻まれたと言われています。

確かにお顔は確かに聖徳太子の肖像画に似ているような……
凛と立つ姿がとても美しかったです267

こちらも金網越しで照明なしでしたが、外の天気がよくて明るかったので
割とよく見えました。

なんか見るだけで気持ちがホッとして救われるような仏様でした。

満足満足454



夢殿の隣には、日本最古の袴腰付鐘楼(国宝・鎌倉時代)があります。

法隆寺 鐘楼

なんだか見たことがなく、かっこいい鐘楼だったので写真を撮って、
帰ってきて調べたら国宝でした。

私も建物を見る目が育ってきたのかしら?278


法隆寺 トイデジ2


夢殿まで来たら、中宮寺はすぐ近く。

法隆寺はまだ見終わってないですが、先に中宮寺へ向かいます。
修学旅行生が通り過ぎるのを待つためにもね235


またまた長くなったので、ここで一旦終わりにします。
お付き合いありがとうございました466

法隆寺を楽しんでいただけたら
391ぽちっ       391ぽちっ としてもらえるとうれしいです。
  



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01 : 00 : 47 | 見仏 | トラックバック(0) | コメント(11) | page top↑
奈良見仏旅行 3 【東大寺】
2009 / 11 / 10 ( Tue )

 まだ1日目の見仏記の続きです。
めちゃめちゃ長いので、心してお読みください466

お昼ごはんを食べて、次に向かったのは東大寺

東大寺は説明は要りませんよね。

バスで行こうと思っていましたが、歩ける距離だったので腹ごなしも兼ねて歩きました。

あ、ここで1つ便利情報363です。
午後に奈良駅についたので、コインロッカーはすでにいっぱい183
近鉄駅の中の観光案内で他にロッカーはないかを聞いたら、
道の反対側にきてみてならSHOPという
奈良のお土産や特産品を売っているお店があるのですが、
そこで無料で荷物を預かってくれるのです(ただし金~日だけ)。
遠くのホテルを予約してあったので、ホテルに置きに行くわけにもいかないので、
私たちもそこで預かってもらいました。
もしコインロッカーがいっぱいだったら活用してみてはいかがでしょう。



東大寺をめざし、若草山方面に登っていくと、いました鹿 176

鹿

めいさんの情報で、鹿の目の前で鹿せんべいを買うと
囲まれて大変なことになるということでしたが、
やはりそうみたいでした。

買った先から囲まれて奪いとられている子どもたちがいました278

私たちは、鹿せんべいは買わずに写真だけ撮らせてもらったので、
鹿は不服そうな顔231をしていました。
でも鹿っておとなしいですね。
草食動物ってこうなんだな~って思いました。

でもフン283を踏まずに歩くのが大変237

雨じゃなくてよかった236


そして、見えてきました南大門30

東大寺南大門 

修学旅行生や外人さんの団体もいっぱいで大賑わいの東大寺。

わ~でかい2 やっぱり奈良はちがうわー451」とふたりして大興奮。

古さと大きさに圧倒されて、テンションが急上昇184184

それもそのはず、この門自体が国宝なんですね。

南大門には、運慶・快慶ら慶派がたった69日間で完成させたという
30金剛力士像(国宝・鎌倉時代)が 178

東大寺南大門2
ド迫力~~~ 233

普通、「(あ)」が向かって右、「(うん)」が左に置かれるのですが、
東大寺は逆なんですって。

これは左側だから「阿形」です。


門をくぐり、次に見えてくるのが中門30

東大寺中門

中門にももちろん仏が !

右側には兜跋毘沙門天(とばつびしゃもんてん)
東大寺中門3

地天の手のひらに乗っています。

東大寺中門2

毘沙門天は、四天王(持国天・増長天・広目天・多聞天)の多聞天
独尊で祭るときの呼び方なのだそうです。



左側には、持国天(じこくてん)
東大寺中門4

写真はないですが、こちらは邪鬼を踏んでいました。

門2つで見とれていて、なかなか中に入れませんね~229



いよいよ拝観料を払って、中に入ります。

本尊がいらっしゃる30 大仏殿(国宝建造物)へ。

東大寺大仏殿
きゃ~またもやでかい建物!
そして広い境内。



小学生の時以来の再会です。

30盧舎那仏坐像(国宝・天平~江戸時代・銅造)俗に言う奈良の大仏様です。

東大寺大仏 

やっぱり大きい!としか言えません229

全然修学旅行 の時の記憶がないのですが、
両脇にも観音様がいらっしゃいました。

これがまたすごくきらびやかで神々しい。

左側には
30虚空蔵菩薩坐像(こくうぞうぼさつ)(重文)

東大寺虚空蔵菩薩

右側には30如意輪観音菩薩坐像(にょいりんかんのんぼさつ)(重文)
東大寺如意輪観音 


そして、三尊の後ろには、四天王のうちの2体が。

左には西を守る広目天30
東大寺広目天

右側には、北を守る多聞天30
東大寺多聞天 


他の二天(持国天・増長天)は、
頭部だけ造られて安置されているのですが、写真撮り忘れました(ーー;)

広目天も多聞天も5m以上もある巨大な木造仏(寄木造り)です。
すごくかっこいいんですよね~266

重文にならないのが不思議だわ~。

多聞天の傍には、有名な柱くぐりの柱があるのですが、長蛇の列455
30分ぐらいかかりそうだったのであきらめました。


帰宅後に知ったのですが大仏殿の前にある金銅八角灯篭(↓写真右上)も国宝267だそうです。
創建当時からこの場所でにあり、
大仏が完成したときには聖武天皇が燃灯供養をされたそうです。

何気なしにいいレリーフが掘られていたので写真を撮ったのですが
そんなにすごいものだったとは……451

奈良には国宝がごろごろしてますな~。
東大寺大仏殿コラージュ


次は法華堂に向かいます。

この建物も国宝で、すごい技術が駆使されているものだと説明されました。

以下東大寺のHPより

東大寺建築のなかで最も古く、寺伝では東大寺創建以前にあった金鍾寺(きんしょうじ)の遺構とされる。752(天平勝宝4)の東大寺山堺四至図(さんかいしいしず)には「羂索堂(けんさくどう)」とあり、不空羂観音を本尊として祀るための堂である。
旧暦3月に法華会(ほっけえ)が行われるようになり、法華堂、また三月堂ともよばれるようになった。
もとは寄棟(よせむね)造りの正堂(しょうどう)と礼堂(らいどう)が軒を接して建つ配置であったが、鎌倉時代、礼堂を入母屋(いりもや)造りに改築して2棟をつないだ。正堂は天平初期の建築だが、礼堂は大仏様(だいぶつよう)の特色が見られる鎌倉時代の建築。時代の異なる建築が高い技術によって結ばれ、調和の取れた美しい姿を見せる。

東大寺法華堂 

建築については、知識も興味もないので説明を聞いてもよくわかりませんでしたが、
後で横から建物を見たら、確かに窓の形も違うし、屋根の高さが違う2つの建物が
うまく1つに結びつけられていました。 

法華堂の本尊は30不空羂索観音(ふくうけんじゃくかんのん)(国宝・奈良時代・脱活乾漆造り)

東大寺不空羂観音  
(写真はhttp://www.whi.m-net.ne.jp/~kyikeda/sub53.html
からお借りしています)

羂索というのは、もとは猟や戦闘に使うための投げ縄で、
その縄で衆生を救うために仏様が持っている道具です。

一番下の左手に縄のようなものを持っているのわかりますか?
ちょっとわかりづらいですが……

不空羂索観音は数が少なく、この東大寺のものが代表作なのです。
とても貴重な拝観でした459


私は脇侍の日光・月光菩薩(国宝・奈良時代・塑像)のほうが好きなんですけどね235

この白くて静謐(せいひつ)な佇まいが好きなんですよ~178 


次はお水取りで有名な二月堂(国宝)へ。
 
東大寺二月堂

お堂に上る階段には、1段ごとに不思議な模様が彫られていました30
東大寺二月堂2
何か意味があるのでしょうか?


本尊は大観音小観音と呼ばれる2体の十一面観音像ですが、
絶対279秘仏で、誰も見ることができないそうです。

東大寺二月堂コラージュ

二月堂からの景色は、今まで通ってきた建物がすべて見渡せてすばらしかったです。


そして、正倉院へ。

東大寺正倉院 

今まで教科書の写真で見ただけでした。
実物を見て、その大きさにびっくり451

あんなに大きかったんですね。

校倉造初めて見ましたよ~319
すごい知恵ですね。

近くまでいくことはできず、西日が当たって逆光の暗い写真しか撮れませんでした241


最後に東大寺の一番のお楽しみ、戒壇堂が残っています。

拝観時間があと1時間なので、急いで向かっていると282
紅葉の向こうに大仏殿という美しい風景420
東大寺大仏殿と紅葉 
思わず足を止めて見とれてしまいました。


やっと戒壇堂30に到着。
東大寺戒壇堂 

30四天王像(国宝・天平時代・塑像)
東大寺 四天王  (写真はhttp://ameblo.jp/tonton3/image-10249211264-10183370775.htmlからお借りしました)

この四天王(左から広目天・増長天・持国天・多聞天)を見たくて東大寺に行ったようなもの。

1日長かったけど、やっと会えました266

お堂に入ると、壇上の四隅に四天王が安置されていて、
その周りをぐるりと回って拝観できます。

並びは、上の写真の通り。
手前に増長天・持国天、奥に広目天・多聞天。

四天王は仏様の東西南北を守るガードマンのような役目の神。
だからよろいを着て武装しているのです。

手前の2体は、とても激しい表情をしていて、
動きのあるポーズで武器を持っています。

奥の2体は、にらみをきかせたような顔ですが、
全体的には静を感じます。

広目天は巻物と筆を持ち、物事を広く見て書き記す神、
多聞天は宝塔を持ち、仏の一番近くにいて仏の言葉をいっぱい聞く神」だと
戒壇堂の方が説明をされていました。

なるほどね~228


四天王の中でも、広目天はかっこよくて有名です。 

私もやはり広目天がいちばん好き266

私が買ったクリアファイルの
img069.jpg 

この角度からの顔がかっこいいのよ~349266  

まるで生きているかのような表情ですよね。


私たち何周したかな?
ぐるぐる回って何度も何度も拝観させていただきました。 


出てきたら、日が暮れて月が出てました235

東大寺戒壇堂と月

東大寺は広くて、見どころいっぱいでした。

結局4時間以上いました

東大寺戒壇堂と紅葉 

大満足の東大寺でした。

東大寺のHPでバーチャル3D参拝もできますよ。
結構おもしろいです。
こちら63  ここをぽち

30帰り道で見つけたバンビちゃん178

小鹿

もう家に帰るのかな~?

私たちもホテルに向かいます。 


ここまでお読みくださいましてありがとうございます。
ついでに
391ぽちっ       391ぽちっ としてもらえるとうれしいです。
  

でもまだ続きが……183
続きはホテルまでの苦労話とホテルのお話です

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奈良見仏旅行 2 【法華寺】&【海龍王寺】
2009 / 11 / 06 ( Fri )

奈良の見仏旅行記、1日目の続きです。

西大寺を後にした私たちは、
大和西大寺の駅前から路線バスに乗って法華寺216282

バスの窓から平城宮跡も見られました。

広い~451
ここに1300年も前に鮮やかな宮殿もあったんだな~って
復元された朱塗りの門を見て、不思議な気分になったのでした。

法華寺前でバスを降りて徒歩2分
尼寺らしい上品な法華寺はあります。


法華寺

法華寺は、聖武天皇の御願の東大寺に対して、
光明皇后の御願により、日本総国分尼寺として創建されたお寺です。

以下奈良観光情報センターのHPより

「もと藤原不比等の住居であったものを、光明皇后が総国分尼寺として建立しました。
法華滅罪の寺と称し、七堂伽藍を備えて隆盛を極めました。
平安遷都とともに衰え、豊臣秀頼の母淀君によって現在の構えに整えられました。
本堂は桃山時代に再建された和様の仏殿で、木造十一面 観音立像〔国宝〕、
乾漆維摩居士坐像〔重文〕などが安置されています。
庭園は江戸時代初期につくられたとされ、
横笛堂は滝口入道との悲恋の物語で有名な横笛が出家後に住んだといわれるもの。
光明皇后をモデルに刻んだといわれている木造十一面 観音立像〔国宝〕や、
護摩の灰を粘土に混ぜて形を作り、
文様彩色を施した愛らしい犬形のお守りでも知られています。」

法華寺コラージュ


ここでお会いしたかったのが、
光明皇后をモデルに彫られたと言われる十一面観音立像(国宝・一木造り)です。

こちらも特別開扉(10/25~11/15)の期間だったのです。

法華寺 十一面観音立像
(写真はhttp://www5a.biglobe.ne.jp/~kazu_san/hyaku_butsuzo.htmからお借りしています)

蓮葉の珍しい光背を背負われた女性らしい優しいお顔50の観音様でした419

観音様の手が長いのは、
人々に慈悲を与えるために手を伸ばすからなのだそうです。

ほとんどの仏像が膝まで伸びています。

でもバランス悪く見えないのが不思議ですよねー。

他にもこの本堂には、木心乾漆維摩居士坐像(重文)、
横笛像(平家物語に登場する悲劇の女性)、
聖徳太子像などもいらっしゃいました。

お庭もきれいらしかったのですが、バスの時間まであまりなかったので、
ここで退散しました282


予定表では、ここで東大寺に向かう予定だったのですが、
すぐ近くにもう一つ特別開帳をしているお寺を発見84

ここまで来たなら見るしかない197とバスを遅らせてもう1軒。

海龍王寺へ。

海龍王寺

このお寺は、建物というか塀などが歴史を感じさせる造り。

瓦が埋め込まれた土塀は、かなり古いもののように見えました。

海龍王寺のHPによると、↑の山門は、室町時代のもので県の指定文化財となっているそうです。
そして、参道わきの土塀は、築地塀というらしいです。


海龍王寺コラージュ

海龍王寺の始まりはこんな感じ

以下海龍王寺のHPより

「飛鳥時代に毘沙門天を本尊として建てられた寺院を、
天平3年(731)に光明皇后により海龍王寺としてあらためて創建されました。
嵐の中唐より無事に帰国を果たした玄が初代住持となったことから
遣唐使の航海安全祈願を営むと同時に平城京内道場の役割を果たすことにもなり、
玄が唐より持ち帰った経典の書写(写経)も盛んに行われました。」

法華寺を建立した光明皇后ゆかりのお寺だったんですね。

そして、特別開帳されていたのは
30こちらの十一面観音立像(重文・鎌倉時代)

海龍王寺 十一面観音
(写真はhttp://pon41th.blog.so-net.ne.jp/2008-11-16からお借りしています)

美しい~349と見とれてしまいました。

向源寺の十一面観音像も好きですが、
こちらは違った意味で素晴らしい199

装飾品の精密な造りといい、彩色の美しさといい、
顔はまるで生きているかのよう。

惚れました266

帰って調べてみたら、光明皇后が自ら刻まれた十一面観音像をもとに、
慶派の仏師が造ったものでした。

やっぱり慶派はすごいな~233

他にも本堂には、
文殊菩薩像(重文・鎌倉時代)、愛染明王像(市指定文化財・室町)、
毘沙門天像(平安末期~鎌倉初期)、不動王明王像も安置されていました。

が、やはり十一面さんに圧倒されてしまい、お顔を覚えていないくらいですm(__)m


そして、本堂の陳列ケースの中にみうらじゅんが描いた絵馬も飾ってありましたー199

奈良のローカル雑誌の表紙をこの本堂で撮影したらしく、
その表紙のパネルもありましたよ。
華ちゃんもいっしょでした。

十一面観音さんもバックに写っていています。
いいな~175奈良はこんな雑誌があって。
仏好きにはうらやましい限りです。


本堂の隣の西金堂には、
国宝の五重小塔(奈良時代前期・4.01m)が安置されていました。
海龍王寺 五重塔

これは、もともと室内に安置するように作られ、
創建当時から、西金堂にあったみたいです。

海龍王寺、偶然だけど行ってよかったです278




お昼ごはんは、海龍王寺からバス216282で奈良駅前に移動して、
奈良在住のブロ友めいさんに紹介していただいた
ベトナム料理 コムゴンへ。

人気のお店で、到着したら並んでいました。
海龍王寺に寄ったから、ちょうどお昼の混む時間になってしまった183
本当は11時半ぐらいに食べるつもりだったんですけどね~229


コムゴン3

フォー好きなダンナはフーティウランチ(880円)。

コムゴン1 

フーティウはベトナム南部特有のお米の平麺で、
フォーと材料は同じですが、コシがある麺です。

メコンデルタ地帯でよく食べられる豚肉うどんだそう。

ダンナ曰く、フォーよりもちもちしていておいしかった233とのこと。
スープもだしがきいていて、少し酸味があり好みの味だったようです。


私は、サイゴンランチ(900円)。

コムゴン2

サイゴンライスとは、甘辛く炒めた鶏ひき肉にチーズをのせ、
たっぷりの野菜とご飯をいっしょに混ぜて食べる混ぜご飯です。

沖縄のタコライスに通じるものがあり、
チーズがきいてて、おいしかったです233

半熟の卵も大好きだし。

えびせんもパリパリでいいトッピングになりました。

マンゴージュースも飲んじゃった235

並ぶ価値のあるお味と安さでした。

めいさんありがとうございました466


この後、東大寺へ続く~463



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奈良見仏旅行 1【西大寺】
2009 / 11 / 05 ( Thu )

奈良の見仏旅行は、往復夜行バス216で出かけました。

10月30日(金)の夜、東京駅から乗車。

足元が新幹線ぐらいゆったりしていて、
リクライニングも140度まで、レッグレストも180度まで上がって、フラットになるなど、
昔の夜行バスに比べると雲泥の差257

ブランケットと枕もついてて、24時には消灯して490
6時間しっかり眠れる配慮がしてありました。

でも私は首枕をうっかり忘れて、全然寝付けません444
途中のサービスエリアでの休憩時に買いに行き、
やっと眠れました261

朝6時半、京都駅に到着。

京都到着

天気は良さそう1
でもちょっと寒いかな?

私が作った日程表によると、京都駅周辺で朝食。

バスを降りたところに、なか卯があったので
温かいうどんを食べました。

さあ奈良に向かって出発です197

近鉄の急行に乗って、最初の目的地、西大寺へ。
大和西大寺駅へは、急行で40分ほど。

8時30分からの拝観受付でしたが、着いたのが8時15分。

一番のりで、四王堂に入って拝観しました。
西大寺四王堂

撮影禁止なので、写真はありません466

四王堂の本尊は十一面観音立像(鎌倉時代・重要文化財・木造)です。
仏師円信作の本格的な藤原彫刻で、5m以上もある仏像でした。
お寺の方の説明によると、重文なのでこんなに間近に見られるとのこと。

本当に、内陣の中まで入れていただき、真下から拝観できました459

そして、その周りには四天王像(重文・銅造)が。
度重なる火災で本体は焼失してしまい、創建当初のものは、邪鬼だけでした。
多聞天だけは木造です。

しょっぱなから圧倒され、やっぱり奈良だね~と感動した私たちでした。

西大寺コラージュ 

西大寺は、天平時代(764年)に称徳天皇の発願によって
建立されたお寺です。

当時は48hの広大な境内を持ち、
東大寺と並ぶ大きなお寺だったようです。

しかし、平安時代に再三の火災に遭い、衰退してしまいました。

鎌倉時代の中ごろに叡尊上人によって復興し、
密・律兼修の根本道場として発展しました。

その後また室町時代の兵火によって多くの堂塔を失い、
現在のかたちになってしまったとのことです。


次は、本堂
西大寺本堂

本尊は、釈迦如来(重文・1249年・木造)

西大寺 釈迦如来立像 
(写真は、http://kayoikujira.seesaa.net/article/47040417.htmlからお借りしています) 

京都の清涼寺の釈迦如来像を模彫した形式の仏像です。

清涼寺式のY字の衣文(えもん)がとても美しく、
清涼寺式釈迦如来像の中でも代用的な名作だそうです。

確かに穏やかな表情といい、繊細な衣文といい、
美しい仏様でした420


本堂には他にも文殊菩薩騎獅像 (重文・1302年・木造)もあり、
そちらもまた美しくてかっこいい 349

西大寺 文殊菩薩
(写真は、http://www.mbs.jp/announcer/blog/15/200802.shtmlからお借りしています)

 やっぱり菩薩や観音像は華やかなファッションで
それぞれ特徴があって面白いですね~454

こちらの仏は、お顔がすごく凛々しくて美少年419でした。



そして、西大寺拝観のメインイベントは
愛染堂の279秘仏、愛染明王坐像(重文・1247年・木造)の特別開扉。
1/15~2/4と10/25~11/15だけ厨子の扉が開かれるのです。

西大寺愛染堂

西大寺 愛染明王像
(写真は、http://bell.jp/pancho/travel/nisinokyo/saidaiji.htmからお借りしています)


普段は秘仏として厨子に安置されているため、赤の色もよく残っていて、
小柄ながらも迫力のある仏像でした415

中央の厨子の周りにも鎌倉から江戸時代に掘られた愛染さんが
いっぱい安置されていました。

やっぱり本尊が一番保存状態がよかったですけど…236


愛染堂を出たあと、聚宝殿でその他の重文を見て西大寺をあとにしました。


網もガラスもなく、内陣にまで入れてもらえて、間近でを見られたのには驚き233

西大寺さんは、とても見仏人に優しいお寺260でした。



とっても長くなりそうなので、まだ1軒目ですがここで一旦終わりにします466

この時点でまだ10時前なのよ~455



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20 : 43 : 33 | 見仏 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
東京見仏記 後編 「延命寺」&「塩船観音寺」
2009 / 10 / 15 ( Thu )
連休の東京見仏記の続きです。

連休最終日の体育の日には、ちょっと遠出をして青梅まで見仏に。

東京見仏の本で一目ぼれした阿弥陀像にお会いするために、延命寺へ。


延命寺

お会いしたかったのは、こちら30阿弥陀如来延命寺 阿弥陀如来坐像

本尊ではなく、客仏なので
須弥壇ではなく隣のお部屋に置かれていました。

作者不明ですが、鎌倉時代のもの。

私の写真がヘタで分りにくいですが、
とてもお顔がきれいなんですよー266

アップでも撮らせてもらったのですが、
暗かったのでピンボケしてました444

あの美しさを伝えられなくて残念です。


両脇の観音菩薩勢至菩薩は、阿弥陀様が一人では寂しかろうと
江戸時代に迎え入れたたものらしいです。

体が前のめりに傾いていて、死者を迎えに行くために
天から降りてくる様子を表現しているそうです。

こちらでも住職が丁寧に説明をしてくださいました466

住職は、骨董屋に仏像が置かれているのがイヤで
いろいろ買い取っていらっしゃるとのこと。

30この乾闥婆(けんだつば)も骨董やに転がっていたのを買ってきたものだそう。

乾闥婆

いざ連れて帰ってきてみると、とても珍しいものだということが判明。

石像の乾闥婆は、日本でこれだけ」と研究者に言われたそうです。

ですから、本来外に置く石像ですが、お堂の中に入れて大切にしているそうです。

同じお寺でも、仏像を骨董やに売ってしまうお寺があることを
嘆いていらっしゃいました。

他には誰もいない本堂でいろいろお話が聞けて、
写真も撮らせていただける、これが観光地のお寺ではないいいとろですね~257



青梅といえば赤塚不二夫さんなんですね。
行くまで知らなかったのですが、こんなもの30がありました。

赤塚不二夫会館

赤塚不二夫会館です。

そして、駅前の商店街は、昭和レトロ通りと名づけられ、
お店にはそれぞれ昭和初期の映画や、有名コマーシャルの看板が掲げられていました。

でも私たちはせっかく青梅まできたんだから、
近くのお寺をもう1軒まわろうと、素通りしました282

そして行ったのが、塩船観音寺
塩船観音寺

ここは、近くに看板がいっぱい出ている厄除けで青梅では有名なお寺のようでした。

室町時代に建てられた本堂30
塩船観音寺 本堂

こちらの本尊は千手千眼観音菩薩ですが、279秘仏です。

でも眷属の二十八部衆は、拝観料を払えばいつでも見られます。
もちろん観てきましたが、格子があって近くまでいけず、
暗くてよく見えなかったのが残念。
どれが誰なのかもよくわからず……441

鎌倉~室町のもので、二十八部衆がきちんとそろっているものは貴重だそうです。

撮影は禁止なのでお見せすることはできません466

やはり有名なお寺はこんなもんでしょう。

悔しいので山門の仁王像だけ写真を撮って帰ってきました。
塩船観音寺 仁王像
塩船観音寺 仁王像2

以上で体育の日の連休の見仏記は終了です。

さて次は何処に行こうかな~454



長々お付き合いありがとうございました466

晩御飯レシピは30にアップしてあります。


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